東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1088号 判決 1979年7月30日
控訴人
肥田野義一
外五名
右控訴人訴訟代理人
宗宮信次
蒔田太郎
被控訴人
宇田川房次郎
右訴訟代理人
金澤恭男
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人らは被控訴人に対し原判決別紙物件目録第二記載の各建物を収去して同目録第一記載の土地を明け渡し、かつ各自昭和五二年四月一日から右土地明渡ずみに至るまで一か月金七三、九三五円の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人らの負担とする。
事実
一 申立て
控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 主張
1 当事者双方の主張は次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
2 控訴代理人
(一) 本件土地賃貸借契約は昭和三〇年三月二日更新されたのであるが、昭和四二年一二月二五日成立の和解契約によりその期間は昭和五〇年三月一日までと合意された。従つて右期間中に地上建物が朽廃しても、朽廃によつては賃貸借が終了しないことは、借地法二条二項の規定上明らかである。
(二) 本件土地上の建物中かりに一棟が朽廃したとしても残余の三棟が朽廃しない以上、借地権は存続し、本件賃貸借の期間が昭和五〇年三月一日の経過により満了した後も賃借人たる控訴人らが引きつづき本件土地を使用するものというべく、被控訴人から正当な事由を具えた異議がないので、右賃貸借は法定更新され、昭和七〇年三月一日まで存続する。
(三) 控訴人らは昭和四九年三月東京地方裁判所に本件賃貸借の借地条件変更の申立てをしたところ、鑑定委員会は同年一二月二五日付で右申立を相当と認める旨の意見書を同裁判所に提出したから、建物の朽廃の有無は右時点で判断さるべきである。
(四) 本件増改築禁止の特約は借地法一一条により無効である。
(五) 右特約がかりに有効であるとしても、昭和五二年三月に控訴人らのした第一ないし第四建物の工事は、その保存行為にすぎず、右特約にいう増改築にあたらない。
(六) 右工事は右増改築にあたるとしても、土地の通常の利用上相当であり、被控訴人の地位に著しい影響を与えないから、これを理由とする解除の意思表示は無効である。
(七) 控訴人らは、東京都の道路拡張工事により道路敷となるべき土地と本件土地とにまたがつて存する第四建物を本件土地上に移築するため、第一ないし第三建物を取り毀わさなければならない必要に迫られている。そのことを、被控訴人は十分知りながら、第一ないし第三建物が朽廃したとか、その修繕工事を特約違反であるとか主張するのである。これは信義に反して許されない。
3 被控訴代理人
(一) 控訴人らの主張 (一)ないし(三)は争う。
(二) 同(四)は争う。借地法八条の二の規定が有することによつても増改築禁止特約は無効でないことが明らかである。
(三) 同(五)(六)は争う。控訴人らは本件土地と隣接の道路予定地とにまたがつて存する第四建物につき、道路拡張のため東京都から移築費用の補償を受けており、第一ないし第三建物を取り毀して第四建物を移築するか又は建物を新築する必要に迫られているから、これらの建物を改築する必要性を欠くのである。控訴人らのした工事は保存行為でもなく、土地の通常の利用上相当でもない。
(四) 同(七)は争う。
(五) 控訴人らの第一ないし第四建物改築工事は本件第一審裁判所がその検証及朽廃の有無につき鑑定を行わせる直前に敢行されたから、それ自体信義に反する行為である。
理由
一被控訴人が大正一四年三月二日控訴人らに対し被控訴人所有の本件土地を木造普通建物所有の目的、期間三〇年との約定で賃貸したこと、右期間満了に伴い右賃貸借が法定更新された結果その終期が昭和五〇年三月一日となつたことは、争いがない。
<証拠>によれば、被控訴人と控訴人らとは昭和四二年一二月二五日裁判上の和解を結び、本件賃貸借の始期は大正一四年三月二日であるところ、法定更新の結果その終期は昭和五〇年三月一日となつたことを確認した事実が明らかである。従つて本件賃貸借には借地法二条二項はもとより同法五条二項の適用もなく、同法五条一項、二条一項但書が適用される結果、その終期である昭和五〇年三月一日前においても建物が朽廃したときは借地権はこれにより消滅すると解すべきである。
二控訴人らが第一ないし第四建物を所有して本件土地を占有していることは争いがない。
三本件建物の朽廃により控訴人らの賃借権が消滅したか否かにつき検討する。
朽廃の有無の判断の基準時を控訴人主張のように借地条件変更申立事件の鑑定委員会の意見書提出時と解すべき法律上又は契約上の根拠を見出すことはできない。
当裁判所も本件建物中第二、第三建物が本件口頭弁論終結時(昭和五四年三月二八日)までに朽廃したとは認められず、かかる建物ある以上、右賃貸借はその理由によつては消滅しないと判断する。その理由は原判決中理由欄二(ただし第一行目を除く)と同一であるからここにこれを引用する。
四被控訴人が控訴人らに対し昭和五〇年三月三日到達の書面で控訴人らの賃借期間満了後の土地使用につき異議を述べたことは争いがないが、右異議に正当事由ありと判断すべき事実を認めるに足りる証拠はない。よつて本件賃貸借は更に法定更新されたというべきであつて、その終期は昭和七〇年三月一日となる筋合である。
五無断増改築禁止特約違反による解除の効力について判断する。
1 <証拠>によれば、控訴人らは右賃貸借の賃料が毎月払の約定であるにもかかわらず、常時数か月分最後には三年分以上も賃料を延滞したため、被控訴人から右賃貸借契約解除の意思表示を受け、本件建物収去、本件土地明渡等の請求訴訟を提起され、第一審で右建物収去、土地明渡を命ずる旨の判決を受け、当庁に控訴し、昭和四二年一二月二五日被控訴人と裁判上の和解をとげ、その内容として、引きつづき前記のとおり本件七地を賃借している旨の確認を得、さらに被控訴人の同意を得ないで建物の増改築をしないことを約し、控訴人らが右約定に違反したときは何らの通知催告を要しないで本件賃貸借は当然解除となることを承認した事実が明らかである。
2 右のような増改築禁止の特約は、それ自体借地法一一条に違反して無効であるとはいえない。むしろ、控訴人らが増改築をした場合に、これがその土地の通常の利用上相当であり、被控訴人に著しい影響を及ぼさないため、被控訴人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、右特約にもとづく当然解除が許されないと解して、右特約の効力を制限すれば足りる。
3 控訴人らの工事が改築にあたるか否か検討する。
(一) 本件建物の昭和五〇年年四月当時の状態及び控訴人らが昭和五二年三月中被控訴人に無断で実施した第一ないし第三建物に対ずる工事並びにこれに対する被控訴人の態度についての当裁判所の認定事実は、原判決理由欄四1記載と同一であるから、ここにこれを引用する。当審証人井口松雄の証言中右認定に牴触する部分は措信しない。
(二) 右認定事実によれば、控訴人のした建物工事は、保存行為の程度をこえ、建物の主要構造部分である柱・土台、屋根に及び、すでに朽廃した第一建物を朽廃しない状態にさせ、またその他の建物の使用期間を著しく延長させたものというべく、右特約にいう改築に該当する。
4 右改築が被控訴人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認められるに足りないか否かにつき検討する。
(一) <証拠>によれば、次の事実が認められる。
東京都は被控訴人所有の同都葛飾区堀切四丁目三八五番一の土地(本件土地はその一部である)の東側に沿つて設けられた都道補助一〇九号線の拡幅のため、その一部117.54平方メートルを買収し、あわせて控訴人らをして都のため右土地部分につき同人らが有していた賃借権を消滅させ、その地上にもまたがつて存している第四建物の移転等をさせる計画を実現すべく、交渉を始めたので、控訴人肥田野義一は第四建物中右拡幅計画実施により移転等をすべき部分を使用してかばん販売業を営んでいた関係上、新営業所を求めて円滑に移転すべき必要に迫られた。
本件土地中右道路に面した部分は都市計画上商業地域・防火地域・第三種高度地区(建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇バーセント)に、その裏側部分は近隣商業地域・準防火地域・第三種高度地区(建ぺい率八〇パーセント・容積率三〇〇パーセント)に各指定されており、第一ないし第四建物はいずれも大正末期に築造された木造建築であつて改築すべき時期に達していたので、控訴人らはこれらの建物を撤去してその跡地に鉄筋コンクリート造五階建建物(資金の都合により三階建とすることもある。)を築造する計画をたて、昭和四九年三月東京地方裁判所に借地条件を堅固な建物に変更すべき旨の借地条件変更の申立てを行い、かつ右各建物の賃借人に退去を求め、同年四月現在第一建物の三区分のうち両端二区分、第二建物の北側半分を空家とした。
被控訴人は同年一一月一五日都に右土地部分117.54平方メートルを売却し、控訴人らも同日都のため右土地部分の賃借権を放棄し、第四建物を昭和五〇年三月三一日までに移築等をすべき旨約した。
控訴人らは右借地条件変更申立事件において鑑定委員会から借地条件を堅固建物所有に変更することは相当との意見を得たが、被控訴人より建物朽廃による賃借権消滅の反対主張を受け、さらに昭和五〇年九月本訴の提起を見、昭和五一年九月二七日被控訴人より建物朽廃状況の検証及び朽廃の有無につき鑑定の申立てに接し、その直後和解勧告を受け、昭和五二年二月一六日これが不調に帰し、右検証、鑑定等の証拠調が近く行われることが予測される事態を迎えた矢先、右建物工事を実施した。
右工事完成後、第一ないし第三建物は殆ど空家に近い状態のままである。
以上の事実が認められ、右認定を左右すべき確証はない。
(二) 右事実によると控訴人らは本件賃借地が都市計画上の右地域地区の指定をうけ、高層建物築造のため、その前提として撤去を予定し、空家とした部分もある第一ないと第三建物につき、特別の必要あるとも認められないのに、本件証拠調直前に、前記3(一)において認定したように被控訴人に無断でしかもその工事中止申入れをも無視して右改築工事を敢行したのである。これらの事実とその他前記認定の各事実を考慮すれば、右改築工事は、借地人の土地の利用上相当であり、賃貸人に著しい影響を及ぼさず、信頼関係を破壊するおそれがないとは到底いえない。
六本件賃貸借は右改築工事により前記特約にもとづき何らの通知を要せず当然解除されたというべく、その時期はおそくとも右工事終了後の昭和五二年三月末日とみるのを相当とする。
七右各事実によれば、被控訴人の本件請求が信義に反するとはいえない。
八本件土地賃料が昭和四九年一二月当時月額七三、九三五円であることは争いがない。
九よつて本件請求は、控訴人らに対し賃貸借終了による原状回復として第一ないし第四建物を収去して本件土地を明け渡し、各自賃貸借終了の翌日たる昭和五二年四月一日から右明渡済まで一か月七三、九三五円の割合による賃料相当の明渡遅延による損害賠償を求める限度で理由があり認容すべく、その余の部分は理由がなく棄却すべきである。よつて原判決をそのように変更し、訴訟費用は第一、二審を通じ敗訴者たる控訴人らに負担させて、主文のとおり判決する。
(川島一郎 沖野威 小川克介)